いじめ現象の形式的シミュレーション研究(作成中)

前田 義信(2006.1)

いじめ(bullying)現象は世界各国において観察される人間関係のあり方のひとつ[1]であり, 学校の子供集団に限らず,職場や地域コミュニティ等の大人たちの集団においてさえ観察される.

誰しも,いじめる,いじめられるといった経験を大同小異ながら持っている.

どちらの立場に立っても,最終的には不愉快な思いしか残さないいじめ[2]は,人類社会から撲滅すべきものであろう.

いじめる側が悪いのか,あるいはいじめられる側に原因があるのか,といった観点から,医学的[3]にも教育学的[4]にも 社会心理学的[5-7]にも,はたまた人類学的観点[8-10]からも侃々諤々の議論がなされてきたが, 未だ解決の糸口を見出せていないのが現状と思われる.

本研究では,同輩集団におけるいじめ(peer-peer bullying)に注目する.

先輩-後輩関係ではなく同輩関係であるにも関わらず,何故,いじめ現象が生じてしまうのか?

この問題に対して,いじめの原因をいじめる側やいじめられる側といった個人において探るのではなく, 個人と個人の相互作用において探ることを試みる.

すなわち,個人の具体的な性格,嗜好,趣味といった個性はモデルから排斥し, 形式構造的にシミュレーション手法(マルチエージェントシミュレーション)[12-14]を用いて調べる.

個性を排斥したモデルがいじめ現象に似た結果を示すのであれば,いじめの原因は個人の具体的な性格,嗜好,趣味に あるのではなく,むしろ人間集団の中に構造化されていると考えることもできるであろう.

いじめをなくすには,先ずいじめの構造を理解する必要がある.

図1:エージェントの局所的同調行動の大域的結果

図2:エージェントの局所的差異化行動の大域的結果

社会心理学的では,同調行動[6]や取り入り[11]といった個人-個人間の局所的な行動が観察されている.

同調行動とは,自分の意見や行動が他者の意見や行動に接近するように変化することである.

一方で,非同調行動とは他者の意見や行動と同様には行動しないことであり,ここでは, 自分の意見や行動を変化させる“譲歩”と,他者が自分と同様にならないように 他者に働きかける“排除”の2種類に分けて考える.

譲歩も排除も共に他者との間に差異を生む行動であり,非同調行動はすなわち差異化行動であるといえる.

すなわち,同調行動と差異化行動は反協働作用(anti-synergism)として集団に働き(図1,図2), エージェントが同調行動のみをとると斉一性(uniformity)を伴った集団が観察され, 逆にエージェントが差異化行動のみをとると全体として斉一性のとれないバラバラな集団が観察されることになる.

では,エージェントが同調行動と差異化行動を集団内で同時に行ったら,どんな集団が観察されるのであろうか?

ここで,何らかの方法で同調行動と差異化行動の“強さ”を定量的に定義できたとする.

もし,

(同調行動)>(差異化行動)

の関係が明らかであれば,最終的に集団には斉一性が観察されることになるだろうが,

(同調行動)<(差異化行動)

であれば,差異化行動は同調行動の働きを打ち消す形で働き,集団を構成するエージェントには明確な差異が出現すると考えられる.

ところが私たちのシミュレーションでは,

(同調行動)≒(差異化行動)

なのだが,ほんの少し

(同調行動)>(差異化行動)

が成立するときに,少数のエージェントを排除する形でエージェント間にグループが形成される結果となった.

本研究では,社会科学的な観点から人と人との相互作用に注目し,コンピュータシミュレーション (マルチエージェントシミュレーション)によっていじめ現象のメカニズム解明を試みた. そこでは,エージェントの個性的な要素は配慮しないで,形式的な相互作用のみを取り扱った. 今後もいじめの構造を明らかにすることを目標に研究を進める予定である.

謝辞

大阪で塾教員をしている井須五郎氏には,実際の中学生がどのように交友関係を形成するかについて, 大変意義深い議論をさせて頂きました.また,(財)科学技術融合振興財団からは本研究に関して補助を頂きました.

これまでに発表した数少ない文献

[a] 姉崎和也,竹内優美,前田義信,今井博英,牧野秀夫,“群集化交友集団のいじめに関するエージェント・ベース・モデルの検討,” 第14回電気学会東京支部新潟支所研究会,p.111,新潟大学 (2004.11)
[b] 姉崎和也,前田義信,“マルチエージェントシステムを用いて学校いじめ問題の形式構造を探る,” にいがた自立生活研究会勉強会,新潟青陵大学(2005.4)
[c] 前田義信,今井博英,“群集化交友集団のいじめに関するエージェントベースモデル,” 電子情報通信学会論文誌,Vol.J88-A,No.6,pp.722-729(2005.6)
[d] 姉崎和也,前田義信,牧野秀夫,“集団の群集化が引き起こすいじめ問題のシミュレーション分析,” 電子情報通信学会技術研究報告,WIT2005-34,pp.61-66,東北大学(2005.7)
[e] 前田義信,“いじめ現象”の形式構造を探る 〜人工学級のMulti-Agent Simulation〜,” 特定領域研究「情報福祉の基礎」若手研究討論会,Lightning Talk,南紀白浜(2005.8)
[f] 竹内優美,前田義信,牧野秀夫,“エージェントの戦略行動が集団の排除現象に与える影響について,” 生体医工学シンポジウム2005,pp.328-333,大阪大学(2005.9)
[g] 姉崎和也,前田義信,“群集化と差異化が集団のいじめ現象に与える影響,” 第45回生体医工学会大会,福岡(2006.5予定)

参考文献

[1] 宮川俊彦,“このままじゃ生きジゴク,”角川書店(1996)
[2] 高岡健,“学校の崩壊 ― 学校という<異空間>の病理,”批評社(2002)
[3] 楠凡之,“いじめと児童虐待の臨床教育学,”pp.4-80,ミネルヴァ書房(2002)
[4] 石井洋二郎,“差異と欲望 ― ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む,”藤原書店(1993)
[5] 亀田達也,村田光二,“複雑さに挑む社会心理学 ― 適応エージェントとしての人間,”有斐閣(2000)
[6] 内藤朝雄,“いじめの社会理論 ― その生態学的秩序の生成と解体,”柏書房(2001)
[7] 赤坂憲雄,“排除の現象学,”pp.19-79,筑摩書房(1995)
[8] 赤坂憲雄,“異人論序説,”筑摩書房(1992)
[9] 山口昌男,“知の遠近法,”pp.346-378,岩波書店(2004)
[10] 有倉巳幸,“ひとに<取り入る>心理学 ― 好かれる行動の技法,”講談社(2003)
[11] 山影進,服部正太,“コンピュータの中の人工社会,”共立出版(2002)
[12] 生天目章,“ゲーム理論と進化ダイナミクス ― 人間関係に潜む複雑系,”森北出版(2004)
[13] マーク・ブキャナン,阪本芳久訳,“複雑な世界,単純な法則,”草思社(2005)
[14] 詫摩武俊,瀧本孝雄,鈴木乙史,松井豊,“性格心理学への招待[改定版],”サイエンス社(2003)
[15] R.D.Duke,中村美枝子,市川新(訳),“ゲーミングシミュレーション ― 未来との対話,”ASCII(2001)
[16] 小林盾,“社会規範の数理社会学にむけて,”理論と方法,vol.17,no.2,pp.183-194(2002)
[17] 清水真木,“友情を疑う―親しさという牢獄,”中央公論新社(2005)
[18] P. K. Smith, Y. Morita, J. Junger-Tas, D. Olweus, R. Catalano and P. Slee, “The Nature of School Bullying ― A Cross-National Perspective,”Routledge(1999)
[19] R. Axelrod,“The dissemination of culture: A model with local convergence and global polarization,” J. Conflict Resolution,vol.41,pp.203-226(1997)
[20] J. M. Epstein and R. Axtell,“Growing Artificial Society ― Social Science from the Bottom Up,” Brookings Institution Press(1996)
[21] J. Sabater and C. Sierra,“Social Regret:A reputation model based on social relations,” SIGecom Exchanges. ACM, vol.3.1, pp.44-56(2002)
[22] A. Nowak, J. Szamrej and B. Latane,“From private attitude to public opinion: a dynamic theory of social impact,” Psychological Review,vol.97,no.3,pp.362-376(1990)

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